会話のズレが何処にあるのか それが見えたら良いのになぁ。だけどそのズレがあるからこそ楽しいと思える自分でありたい

 

会話が成り立つ時って

 

一つの言葉に対して

 

お互いがほぼ同じイメージを

 

ほぼ同じレベルで

 

捉えられている時。

 

 

人はそれぞれ違うんだと

 

その違いを認識していたのなら

 

 

例えば

 

分かる 

何をどう理解した?

やる               

どこまでのレベルで?

知っている 

それはただ、聞いて知っているじゃなくて?

しっかり  

どの状態が?

 

こんなワードはよく会話に出てくるけど

 

お互いの認識を確認せず進めると

 

その行動の先に

 

大きなズレが生まれる。

 

 

仕事では

 

例えば

 

「〇〇お願いします」

 

とだけ、言われた時

 

いつまでに

どの状態にし

誰に

どう渡すのか

 

などなど

 

 

〇〇お願いします、だけでは

確認しなければならない事が多々ある。

 

なぜ確認するのか、、

 

依頼された事を相手の望む状態で出来るよう

 

そこにできるだけズレがないよう

 

そうする事でトラブルが起きないよう

 

相違を埋めるための

 

確認作業。

 

 

そう思うと

 

家庭内の

 

分かった?    分かったよ

やった?     やったよ

知ってる?    知ってるよ

しっかりやってよ しっかりやってるよ

 

こういう一つ一つの言葉にも

 

分かってない

やってない

知ってるって言ったじゃん?

しっかりやってないよ

 

 

となる前の段階で

 

確認作業が必要だなと感じる

 

もしくは 噛み砕いて

 

行動に落とし込んで伝える必要が

 

あるんじゃないかなと思う。

 

 

最近ズバ子が落ち着き出したのも

 

 

以前程はすれ違っていると感じなくなったのも

 

 

ここの作業を

 

やり続け

 

落とし込みが出来始めたからかなぁと

 

ふと思う。